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福岡高等裁判所 昭和53年(ラ)31号 決定 1979年1月16日

抗告人

安田ヤス子

右訴訟代理人弁護士

渡辺彬迪

相手方

有限会社 吉野商事

右代表者代表取締役

吉野武美

主文

原決定を取り消す。

相手方(債権者)有限会社吉野商事、抗告人(債務者)安田ヤス子、第三債務者申立外社会保険診療報酬支払基金間の大分地方裁判所昭和五一年(ル)第二四五号、同年(ヲ)第二七四号債権差押並びに取立命令申請事件につき、昭和五一年一〇月一二日同裁判所がなした債権差押並びに取立命令はこれを取り消す。

本件手続費用は相手方の負担とする。

理由

一、本件抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。

二、記録によれば、相手方は大分地方裁判所に対し、相手方の抗告人に対する大分地方法務局所属公証人水之江国義作成昭和五一年第四七一五号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基づき、抗告人が第三債務者である社会保険診療報酬支払基金(以下、支払基金という。)に対して有する診療報酬債権につき、請求債権(金五〇三二万七八〇〇円)にみつるまでの差押並びに取立命令を申請し(同裁判所昭和五一年(ル)第二四五号、同年(ヲ)第二七四号事件)、昭和五一年一〇月一二日同裁判所が右差押並びに取立命令を発し、該命令はその頃右各当事者に送達されたことが認められる。しかして、右差押並びに取立命令は、差押命令が第三債務者に送達された時以後に抗告人か第三者から支払を受けるべき診療報酬債権を、民訴法六〇四条のいわゆる継続収入の債権であるとして発せられたものであることが明らかである。しかしながら、診療担当者の支払基金に対する診療報酬債権が同条の継続収入の債権に当るかどうかは議論のあるところであるが、右債権は、診療担当者という地位に基づいて当然に生ずるものではなく、診療担当者が不特定多数の被保険者に対する診療の対価として受ける個別的な債権の集合にすぎず、診療担当者と被保険者ひいては支払基金との間に恒常的な診療報酬を発生させる基礎となる法律関係を欠いているのみならず、実際の診療行為の有無、程度等により各月の債権額が著しく変動し、平均的な収入額を客観的に予測することは困難であるから、継続収入の債権に当らないと解するのが相当である。してみれば、本件異議申立ては正当であり本件差押並びに取立命令は違法であって取り消しを免れない。

よって、これと異る見解のもとに、本件異議申立を却下した原決定は失当であるからこれを取り消し、本件手続費用は相手方に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 園部秀信 裁判官 森永龍彦 土屋重雄)

抗告の趣旨

原決定を取消しさらに相当な裁判を求める。

抗告の理由

原決定正本添付理由書記載の理由と同一であるから、これを引用する他、仮りに原判示のとおり本件診療報酬債権を以って、民訴法第六〇四条所定の「俸給又はこれに類する継続収入」と解するならば、条理上当然に、同法六一八条一項五、六号同条第二項本文の類推適用により差押範囲の制限がなされて然るべきである。

しかるに、原決定は、本件無制限の差押により、抗告人一家がその生活上回復することのできない窮迫の状態に陥る恐れが明白であるにかかわらず、特段の理由を示すことなく止む得ぬこととしてこれを一蹴したことは、この種関係法令の解釈の指針である、憲法第二五条一項の大原則に違背し、引いては、法令の解釈適用を誤まり、理由不備の違法をなしたと云うべきである。

以上追加理由の骨子を陳述する他追而理由書を以って理由を補足追完します。

抗告理由の追完

一、原決定は、本件診療報酬債権を以って民訴法第六〇四条所定の継続収入と解し、同法第六一八条の適用は文理解釈上否定すべきものとし、無制限の差押を許し、抗告人一家がその生活上回復することのできない窮迫の状態に陥るも、法律上止む得なしとし、債権者の無制限の権利行使を容認した。(抗告人は差押後診療所の賃料支払不能に陥り、目下明渡を訴求され、生活の根拠を根底からくつがえされつつある他、相手方は、いわゆる街の高利貸であり、法定金利に依り計算するとすでに過払となっており、又債務名義は真実ではなく、不実のものであるがこの点については、追って別訴で争う予定である。)

二、そして継続収入と解した根拠については、原決定理由を引用し「現行の組織的団体的医療保険制度の実体を見ると云々、‥‥すでに法律関係にまでに高められていると考えるのが相当である。」としている。

若しこの立場に拠って考えると、右前提から帰結される結論は、「医療担当者が支払基金から報酬を得るのは、月給等の定額給与により雇用された勤務医ではなくあたかも、個々の被保険者に対する診療と云う「労役」又は「役務」の給付量に応じて報酬を定められた勤務医と同じ立場で報酬を得ておる」と評価して差支えないように思われる。(以上判例タイムズ二二八号六九ページ上谷清氏論参照)

そうだとすると、診療報酬債権は民訴法第六一八条第一項第六号所定の「労役者がその労役または役務のためにうける報酬と解され、同条第二項により差押の制限についての保護を受けねばならない。

原決定は、文理上、医師は、右労役者に当らないと解しているが、事物の本質からして保険医と労役者を截然と区別する実質的理由はなく、すくなくとも類推解釈の一般法理に従い、類推適用により同条項による保護を与えるべきである。

三、さらに、保険医は、通常その得た報酬総額の五〇パーセントから七五パーセントの診療のための必要経費を出捐せざるを得ず同条二項の本文の適用上、一般給与所得者に比して、この点著しく不利になるが、同条第二項但書により、差押範囲の調節の裁判を活用すべきであろう。

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